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『おふくろの味』全国を魅了〜老干媽風味食品・陶華碧

2005-09-30 16:00


〜生活苦にあえぐ女性が現代家庭のニーズを掘り当てた〜 ―如月隼人
【連載:現代中国企業家列伝 第20回】
 確実にニーズのある商品を世に出すこと。これがヒット商品を生み出すための鉄則だ。しかし、これがなかなか上手くいかない。「売れるはずだ」という思い込みが先行し、マーケティングなどでどこかに手抜かりが生じて大失敗することがある。その逆に、すぐそばに売れるものがあるのに、気がつかないこともある。中国人が欲しがっていた「新しい調味料」に気づいたのは、夫に死なれ、生活のために小さな飲食店を切り盛りする女性だった。
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◆激辛料理の浸透は、ビジネスチャンスだった
 辛い中華料理といえば、四川省が有名だ。しかし、「中国激辛ゾーン」は四川省だけではない。まず、四川省からみて長江の下流地域にある湖南省と湖北省。「湖南人,不怕辣/湖北人,辣不怕/四川人,怕不辣(湖南の人は、辛い料理にしり込みしない/湖北の人は、辛くたってしり込みしない/四川の人は、辛くなければしり込みをする)」などという。要するに、四川省ほどではないが、湖南省や湖北省の料理にも、相当に辛いものが多いわけだ。
 それだけではない、四川省の南にある貴州省と雲南省でも唐辛子をふんだんに使う料理が多い。特に貴州省の人は、「四川では、唐辛子のほかに山椒も使う『麻辣(しびれるような辛さ、mala、マーラー)』の味が好まれる。貴州ではそれほど山椒を使わない。つまり『純辣(chunla、チュンラー)』だ。唐辛子の辛さだけだったら、むしろ貴州料理の方が強烈だ」と、妙に力んでみたりする。
 「激辛談義」が長引いてしまったが、辛いものというのは、どうもクセになることが多い。1980年ごろから、中国各地の都会で四川料理を出す店が増えだした。ところが、外食で親しんだ「辛くて旨い味」を家庭で作ろうと思ったら、けっこう大変だ。唐辛子の粉を使うだけでは、四川や貴州料理の独特の味は出せない。辣醤(lajiang、ラーヂァン)という、日本では豆板醤という名でむしろ知られている調味料はあるが、塩味が強く、料理で使うのならよいが、テーブル調味料としては問題がある。
 経済が発展して購買力は上昇したが、忙しくなったおかげで料理などに使える時間は減った。家庭でも手軽に「美味しい辛さ」がほしいという、ニーズは高まっていた。ただ、このことにはっきりと気づく人は、なかなかあらわれなかった。
◆貧しさゆえの、苦労が連続
 陶華碧(Tao Huabi)。貴州省の山奥の村で生まれた。生年月日は詳しく報じられていないが、50代に差しかかった女性だ。家庭が貧しく、小学校にも通ったことはない。地質調査隊のスタッフと結婚したが、その夫は数年後に病死。すでに子もいた。たよれる人はいない。生きていくために、とにかく必死で働くしかなかった。
 いくつかの商売を経験したのちに、貴州省の省都・貴陽(きよう)市で食堂を開くことになった。1989年のことだ。といっても、こつこつと貯めたわずかな資金しかない。自分でレンガを積んで、みすぼらしい小屋を作った。メニューも多くは望めない。まず冷麺。そして、豆から作った澱粉を太めの「ところてん状」にした涼粉(Liangfen、リァンフェン)。これだけだ。
 もとより貴陽市は激辛料理の本場だ。「客が自由に使えるように」と、陶華碧は自分で作った唐辛子味噌をテーブルの上に並べておいた。陶華碧も幼いころから唐辛子は扱いなれている。特に意識せず、自分が作れるものを客に供していたわけだ。
 こういった店の朝は早い。出勤前の腹ごしらえに駆け込む客が多いからだ。開店前に朝市に出かけ、新鮮な唐辛子を仕入れるのが陶華碧の日課だった。

◆客のキャンセルで、本当に売れる商品を発見
 ある日、体調が悪くて朝市に出かけることができなかった。唐辛子味噌は作れなかったが、仕方なく店を開けた。ところが、入ってきた客に「今日は、唐辛子味噌はないんです」と言うと、そのまま注文せずに帰ってしまう。
 最初のうちは、よくわからなかった。しばらくして、やっと気がついた。お得意さんは、冷麺や涼粉を食べに来てくれていたのではなかった。自分が作った唐辛子味噌のファンだったのだ。
 それ以後、陶華碧は唐辛子味噌を熱心に研究しはじめた。数え切れないほどの試作品を作り、「これだ」という味に決めることができたのは、数年後だった。
 こだわったのは「辣」と「香」の調和だ。この場合の「香」は、くっきりとした風味をあらわす。つまり、陶華碧が追い求めたのは、辛いだけでなく、ちょっと使うだけで料理をいっそう美味しく変身させるテーブル調味料だった。
 結局、普通の味噌ではなく、豆の形をとどめたまま味噌と似た味に発酵させて作る「豆〓(douchi、ドウチー)」を使うことにした。これならば、豆を噛み締めるたびに、口の中に新たな味が広がる。油を使ったので、なめらかな舌触りの部分もある。それに、油の部分と「豆〓」の部分で辛さの具合が微妙に異なるのも、「辛党」にはこたえられない。隠し味程度ではあるが、山椒も使っているので、調味料の分類としては「麻辣醤(malajiang、マーラーヂァン)」ということになる。テーブルの上で気軽に使え、食べる人が自分の好みで量を調節できる「旨辛(うまから)調味料」の誕生だ。(〓は豆へんに支)
◆学歴皆無の女性が、大企業のオーナーに
 はじめのうちは、すべてが手製だった。瓶詰めも自分でやる。店を閉めてからはじめるので、作業を終えて床に就くのが明け方の4時ごろになることも、しばしばあった。5時か6時には起きて買出し。そして店を開ける。
 陶華碧の店で、食事をしたついでに麻辣醤を買う人が増えだした。さらに、麻辣醤を買うためだけに店に立ち寄る人も多くなった。そして、「こんなにすばらしい麻辣醤を作れるのだから、お店なんかやめて、麻辣醤の工場を作ればよいのに」という知人の言葉に、陶華碧は苦労して経営してきた食堂を閉める決意をした。
 1996年7月、貴陽市南明区にスペースを借り、個人経営による小さな食品工場を立ち上げた。従業員数は40人。もっとも、最初からすべて上手くいったわけではない。というのは、それまで経営していたような、涼粉などを供する小さな食堂に売ることだけを考えていたからだ。そこで陶華碧は、商品を背負って食料品店を回り、棚に並べてもらった。さまざまな飲食店にも置いてもらった。
 効果はてき面だった。一週間もしないうちに「また、あの商品が欲しい。今度は前回の倍の量で」という注文が相次いだ。これほどまでに、自分の味が受け入れられたのは意外だった。しかし同時に、大きな自信が湧いてきた。個人経営という状態から脱皮して「企業」という経営形態にすることを目標に定めた。
 1997年8月、貴陽南明老干媽風味食品有限責任公司が成立した。学歴は皆無という農村出身の女性が、企業オーナーになった瞬間だった。ちなみに、小学校にも行っていない陶華碧は、文字を書くことができない。そのため、自分の名だけは書けるようにと、懸命に練習したという。契約書などにサインしなければならないからだ。
◆学問はないが、私には技術がある
 陶華碧は、自分が無学であることを率直に語る。しかし、「学問はないけれど、技術がある」ということが、彼女の誇りだ。茶やその他の味がついた飲み物は口にしない。すべては、鋭敏な味覚を保つための努力。老干媽風味食品有限責任公司は、その後50種あまりの商品を発売しているが、いずれもヒット。すべて陶華碧がOKした味だ。
 苦労が多かった人生の過程で、彼女は意志の力と物事の本質を見極める知恵を身につけた。例えば、初めて大学卒業生を雇ったときのことだ。事務関連の仕事をしてもらおうと思った。彼女には到底できない仕事だからだ。しかし、まずやらせたのは会社の雑用。その次には全国各地を回らせた。「ニセ商品」の摘発活動の現場にも関わらさせた。
 本社では、事務関連の人材不足に悩んでいたが、彼女はあせらなかった。大切なのは、企業活動の実態を知ってもらうこと。中途半端な理解では、長く留まって能力を発揮してもらうことは、難しい。陶華碧は「よい刃物を作るためには、最初に十分に焼きを入れて、最後の段階でもう一度研いでやる必要がある」と表現している。
 高学歴者に対する無用の気づかいは、一切しなかった。そして半年後、あらためて事務主任に任命。ちなみに、この老干媽風味食品有限責任公司にとって初の大卒採用者、王海峰氏は陶華碧の片腕として、会社を盛り立てる大きな役割を果たすことになる。

◆「おふくろさん」を困らせる奴は許さない
 すでに、年間の売上高は約3億元。従業員数は1300人を超えた。しかし、陶華碧は6割以上の従業員の姓名を覚えている。今どきの企業にしては珍しく、従業員のアパートをすべて無償で提供している。勤務時の食事も無料。
 単に甘やかしているのではない。彼女は地元密着型の企業を目指した。しかし、会社は貴陽市内といっても市街地からかなり離れた場所にある。近くにアパートなどは見当たらず、飲食店も少ない。企業の方針は方針として、「これでは社員が、あまりにも不便だろう」と考えたわけだ。
 また、陶華碧は多くの従業員の誕生日を覚えていて、その誕生日には、縁起物の「長寿麺」をふるまう。社員を家族同様に考え、家族に対するように接する。これが、彼女の変わらぬ方針だ。
 こんな話もある。会社の食堂で働く若いコックがいた。父母を早く亡くし、幼い弟がふたりいる。しかし、酒好きタバコ好きで、毎月1000元の給料をほとんど使ってしまう。ある日、陶華碧はそのコックをホテルのレストランに招待した。「息子や…」と話しはじめる。社員に対して、彼女はいつもこのように呼びかける。
 「今日は、好きなものを飲みなさい。いくらのんでもかまいませんよ。でも、明日からはお酒とタバコはやめなさい。弟たちを学校に上げるために、お金を貯めなければいけないでしょ。私みたいに、字も書けない人にしようなんて、絶対にだめですよ」と説く。コックはそこまで考えてくれたことに感動し、その場で禁酒禁煙を約束したという。
 こういった心配りを、彼女は「感情の投資」と呼んでいる。相手に自分の感情を投じれば、かならず「リターン」がある。一人一人に感情を注げば、全員の気持ちが一丸になると、彼女は言う。ちなみに、老干媽風味食品有限責任公司で、陶華碧を「董事長」と呼ぶ者はいない。誰もが親しみを込めて「老干媽(おふくろさん)」と呼ぶ。「おふくろさんを困らせる奴は許さない」というのが、社員全体の暗黙の了解になっているそうだ。







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